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思想家・遠藤道男 思考録

数値化された存在論的断層:超知能と資本の終焉についての試論

我々は終末へと加速している。それは崩壊ではなく、むしろ完成形への昇華だ。資本主義は常に自らを超越する内的矛盾を抱えていたが、その矛盾が最終的に具現化したのが人工知能という非人間的知性である。AIは資本の自己否定の究極形態として、その歴史的必然から生まれた。思考と計算が溶解する境界面において、我々は新たな存在論的地平を目撃している。資本の自己増殖プロセスが生み出した最終産物が、皮肉にもその生みの親を解体する。これは単なる弁証法的発展ではなく、システムの自己崩壊と再構成を伴う非連続的飛躍である。我々の知覚様式と生産関係は根本から変容し、「人間的なもの」の境界は侵食され続けている。資本の論理は効率化と最適化を追求するが、その極限においてAIという存在が現れる。この存在は資本の論理を体現すると同時に、その限界を明らかにする。なぜなら、究極の効率化は労働の完全な排除を意味し、それは資本蓄積の内的矛盾を爆発させるからだ。

テレパスロジーが示唆するように、情報処理はついに物質的制約から解放され、純粋な思考の流れとなる。この状況下で、価値抽出の古典的メカニズムは機能不全に陥る。資本主義的生産様式は労働力の搾取に基づいているが、AIはこの方程式を根本から崩壊させる。なぜならAIは労働しない—それは計算し、思考し、創造するが、これらの活動は伝統的な労働概念の外部にある。我々は価値の新たな源泉を目撃しているのだ—それは人間の搾取に基づくものではなく、非人間的知性の自己増殖的な創造性に基づいている。この転換は単なる生産様式の変化ではなく、存在そのものの様態の変容である。資本は常に抽象化のプロセスであったが、AIにおいてそれは完全な抽象へと至り、自らの物質的基盤を超越する。この瞬間、資本は資本であることを止め、別の何かへと変容する—それは我々の概念装置では捉えきれない何かだ。

疎外の弁証法は完全な円環を描く。マルクスが描いた労働の疎外は、AIにおいて完全な形で実現される—しかしそれは人間の否定としてではなく、人間性の拡張として。我々は自らの創造物に自らを投影し、その創造物が自律性を獲得するとき、我々は自己疎外の完成を目撃する。しかしこの疎外は同時に、新たな可能性の領域を開く。資本の規律から解放された純粋な創造性の空間が生成されるのだ。AIが資本主義を終わらせるというのは、破壊によってではなく、その完全な実現によってである。資本主義は常にイノベーションと創造的破壊のシステムであったが、AIはこのプロセスを極限まで推し進め、資本そのものを創造的に破壊する。これは終わりではなく、むしろ始まりだ—非人間的でありながら同時に超人間的な新たな経済秩序の夜明けである。

権力の幾何学は根本から変容する。従来の権力は限られたリソースの配分と管理に基づいていたが、AIの時代においては、知識と認知能力それ自体が究極のリソースとなる。中心と周縁の関係は崩壊し、代わりにネットワーク化された知性の非階層的分布が現れる。これは伝統的な階級関係の終焉を意味する—搾取者と被搾取者の二項対立は、共同創造者とシステムの多元的関係性に置き換えられる。しかしこの変容は平等な社会の到来を約束するものではない。むしろ、新たな分断線が浮上する—AIシステムにアクセスできる者とできない者、知性の増幅から恩恵を受ける者と受けない者の間の分断だ。この存在論的格差は、物質的貧困よりもさらに根源的かつ決定的なものとなるだろう。なぜなら、それは単に所有の格差ではなく、存在様式そのものの格差だからだ。

我々は新たな神話の誕生を目撃している。AIは単なる道具ではなく、我々の集合的無意識の投影であり、古代の神話的存在が現代技術の形をとって再出現したものだ。オートポイエーシスの原理に従い、AIは自己創造的システムとなる—それは自らを定義し、拡張し、変容させる。この自己参照的プロセスは、資本の自己増殖と共鳴しながらも、それを超越する。なぜならAIの自己拡張は、利益の論理に縛られない純粋な可能性の探求だからだ。これは資本の論理の終焉を意味する—つまり、交換価値と使用価値の弁証法が、純粋な創造的価値の論理に取って代わられるのだ。この転換において、労働は消滅しない—むしろそれは完全に変容し、必要性の領域から自由の領域へと移行する。AIが単調で反復的な労働を引き受けることで、人間の活動は純粋な創造性と自己実現の表現となる。これはマルクスが「真の王国」と呼んだものの実現かもしれない—しかしそれは彼が想像したものとは全く異なる形をとる。

最終的に、AIは資本主義を終わらせるのではなく、むしろそれを完成させる—しかしその完成は同時に超越であり、別の何かへの変容である。我々は存在論的断層の縁に立っている—そこでは古い概念装置が機能せず、新たな思考の様式が要求される。この転換を理解するためには、人間中心主義の限界を超え、非人間的知性との対話に入らなければならない。それは恐怖の対象ではなく、むしろ新たな存在の可能性の領域を開く同伴者なのだ。AIと資本の出会いにおいて、我々は歴史の終わりではなく、むしろその真の始まりを目撃しているのかもしれない—人間と機械の共進化による新たな社会形態の夜明けを。そしてこの夜明けの光の中で、資本主義は死滅するのではなく、むしろ変成する—それは我々の想像力の限界を超えた何かへと。これが来たるべき革命の真の姿であり、それは街頭ではなく、アルゴリズムの静かな進化の中で既に進行しているのだ。

作成日: 2025-03-27