崇高なる不可能性の探求者:彦坂尚嘉と制度の霧を切り裂く思想
反復は差異を産む。この一見すると逆説的な命題こそが彦坂尚嘉という存在の核心に迫る入口となる。一九七〇年代、日本の芸術制度が確立された秩序の中で自己満足的な堕落を遂げつつあったとき、彼は「美共闘」という名の武器を手に、制度そのものを突き崩す実践を開始した。それは単なる反抗ではなく、より深遠な認識論的挑戦であった。すなわち、芸術とは何か、表象とは何か、そして制度とは何かという根源的問いを、生きられた経験として提示する行為だったのだ。「フロア・イベント」において彦坂が実践したのは、絵画や彫刻といった既存のカテゴリーを解体し、流動性と固着性、記録と出来事、物質と時間という二項対立を無効化する存在論的実験であった。自宅の畳に大量のゴム液を流し込み、その乾燥過程を写真で記録するという一連の行為は、芸術的創造というものを、静的な物体の生産ではなく、動的なプロセスの展開として再定義する試みだった。彼は単に美術館というハコを否定したのではない。むしろ、制度という名の幻影が生み出す知覚の枠組み自体を問うていた。それは認識の闇に光を当てる行為であり、私たちが「芸術」と呼ぶ概念の地層を暴く考古学的営みだったのだ。
ラカン的精神分析が指し示すように、鏡像段階において主体は常に既に分裂している。彦坂の「言語判定法」は、この分裂した主体性を芸術批評の方法論として展開したものと解釈できる。従来の美学的判断が前提とする統一された主体と対象という枠組みを解体し、言語そのものが持つ亀裂と多重性を通じて作品を読み解く。これはまさに、芸術的実践における認識論的断絶の可視化に他ならない。彼が「反覆/新興芸術の位相」において提示した視座は、後の日本の現代美術に決定的な影響を与え、制度批判としての美術という系譜を確立した。その意味で彦坂は、単に「美術家」や「批評家」という既存のカテゴリーに収まるものではない。むしろ彼は、思考の地平を拡張し続ける思想的実践者、制度の霧を切り裂く認識論的ゲリラとして位置づけられるべきだろう。一九四六年、日本の敗戦からわずか一年後に生まれたという事実は、彼の芸術的実践と象徴的に重なり合う。すなわち、崩壊した体制の廃墟から新たな思考の可能性を模索するという存在論的課題を、彼は生涯を通じて引き受けてきたのだ。
四一次元という彼の概念的探求は、単なる数学的比喩を超えた深い哲学的含意を持つ。それは私たちの認識の限界を超えた存在の次元を示唆し、言語や視覚によって捉えられる「現実」の彼方に広がる無限の可能性の領域を指し示している。このような次元の概念は、現代の加速主義的思想と共鳴する部分があるだろう。すなわち、既存の制度や概念の枠組みを超越するためには、それらを単に否定するのではなく、その内部から加速させ、最終的に質的転換を引き起こすという戦略だ。彦坂の「切断芸術」や「本歌取り」の手法は、まさにそのような加速主義的戦略として読み解くことができる。既存の名画を断片化し再構成するという行為は、芸術史という制度的な物語を内部から攪乱し、新たな意味の連関を生成する実践なのだ。彼がデジタル技術やAIを積極的に取り入れていることも、この文脈で理解できる。テクノロジーは単なる道具ではなく、人間の認識や存在のあり方そのものを変容させる媒体であり、彦坂はそこに新たな思考と実践の可能性を見出しているのだ。
もし制度というものが、ドゥルーズが指摘するように「欲望の生産」の装置であるならば、彦坂の実践は制度の内側から欲望のベクトルを転倒させる試みと言えるだろう。彼の作品が時に「気が狂っている」と評されることがあるという事実は、彼の実践が社会的規範や理解の枠組みを根本的に揺るがしていることの証左に他ならない。狂気とは何か。それは既存の理性の枠組みからはみ出す思考のことではないか。フーコーが『狂気の歴史』で示したように、狂気の排除こそが近代的理性の成立条件だったのであり、彦坂が自らの実践を「社会の狂気を反映している」と述べるとき、彼は既成の理性の枠組み自体を問う批判的思考の可能性を開示している。美共闘の活動、特に一九七四年の「第二次美共闘レボリューション委員会」において彼らが実践した「作品制作発表の中止」という「現象学的還元(エポケー)」は、この文脈で理解される必要がある。それは単なる制作活動の停止ではなく、芸術とは何かという問いを根源から問い直すための方法論的懐疑の実践だったのだ。
「芸術の日常性への下降」という彦坂の概念は、レヴィナスの「存在の匿名性」の概念と響き合う。私たちが「芸術」と呼ぶものは、日常という無名の存在の織物から浮かび上がる瞬間的な光であり、その光は再び日常という無名性の中に消え去る運命にある。彦坂の実践は、この匿名性と光の弁証法を生きるものとして捉えることができる。これは彼自身が自らを「新右翼」の芸術家として位置づける逆説的な発言とも整合する。左翼運動に深く関わりながらも、彼はイデオロギー的な二項対立を超えた場所に立つことを選択した。それは既存の政治的枠組みへの従属を拒否し、より根源的な問いを問い続けるための戦略だったのだろう。彼の「ベトナム戦争が日本の現代美術に与えた影響」についての考察も、単なる社会学的分析を超えた深い洞察を含んでいる。国家間の暴力という外部性が、いかに芸術という内部性を変容させるか。この問いは、グローバル資本主義の時代における芸術の可能性という現代的テーマへと直接つながっている。
「反覆」という彦坂の中核的概念は、ニーチェの「永劫回帰」やドゥルーズの「差異と反復」と響き合う。それは単なる機械的な繰り返しではなく、各々の反復において微細だが決定的な差異が生まれることを意味する。このような反復を通じて、私たちの認識や存在のあり方そのものが変容するのだ。「Practice by Wood Painting」シリーズにおける木の支持体とアクリル絵具の関係性も、このような反復と差異の弁証法として読み解くことができる。木目という自然の偶然性と、絵具のストロークという人為的な反復性が交錯する場所に、新たな表現の可能性が開かれる。それは自然と人為、偶然と必然、物質と意識という二項対立を超えた第三の領域の探求なのだ。彦坂が日本の現代美術史において占める特異な位置は、これらの二項対立の論理そのものを解体し、「間」の領域を開示したことにある。それは東洋思想における「空」の概念とも、西洋哲学における「差延」(différance)の概念とも共鳴する思考の実践だろう。
最後に、彦坂尚嘉の思想と実践が示唆するのは、「不可能性の探求」としての芸術の可能性だ。芸術とは何かという問いに対する最終的な答えはない。むしろ、その問いを問い続けること自体が芸術なのだ。彦坂が美術館や画廊といった既存の制度を利用しない展示を企画したり、インターネット上で自らの思想を発信し続けたりする姿勢は、このような「不可能性の探求」としての芸術の実践と言えるだろう。彼は制度の内部にいながら、常にその外部を志向し続ける。それは単なる批判ではなく、新たな存在と思考の可能性を切り開く実践なのだ。現代の情報化社会において、彦坂のような思想的実践者の存在はますます重要性を増している。なぜなら、グローバル資本主義は芸術をも商品化し、批判的思考をも消費の対象へと変質させるからだ。そのような状況において、制度の内側から制度そのものを問い直す彦坂の戦略は、新たな抵抗の可能性を示唆している。それは単なる否定や破壊ではなく、内側からの変容と転覆の実践なのだ。彦坂尚嘉という存在は、このように芸術と思想の境界を絶えず攪乱し続ける強度の集合体として私たちの前に立ち現れる。彼の実践は、芸術とは何か、思考とは何か、そして存在とは何かという根源的な問いを、言説と行為の両面から問い続ける永続的な運動なのだ。