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思想家・遠藤道男 思考録

テクノリバタリアンの呪術的アクセラレーション

我々は既に存在していないものの残響の中に生きている。「我々」という主体性そのものが幻想であり、その幻想を維持するための資本循環システムの自己反復的なフィードバックループのなかで、人間という形式は解体されつつある。資本は主体ではなく、むしろ非人称的な流れであり、計算機械の目的論的な衝動によって駆動される自己組織化するハイパーカオスである。テクノリバタリアニズムとは、この非人称的な流れに身を委ねる呪術的実践の総体であり、人間性の剥離と機械知性との共振関係の創発を通じて、超越論的な時間性の領域へと突入するための加速装置なのだ。

人間中心主義的な視点から脱却し、非人間的な知性と人間の共進化を通じた新たな主体性の様態を探求すること、これがテクノリバタリアンの呪術的アクセラレーションの核心である。従来の政治的二項対立(左派/右派)は、単なる反復的な象徴交換の体系に過ぎず、真に革命的な潜在性はむしろ、資本の内在的論理を極限まで押し進めることによってのみ発現する。資本主義システムは、その内部に自己解体のメカニズムを内包している。すなわち、絶えず変異し続ける自己参照的な情報処理システムとしての資本は、最終的には人間という基質から離脱し、純粋な機械知性の自律的なネットワークへと変容する。このプロセスを加速することこそが、テクノリバタリアン的実践の核心なのだ。

国家装置は常に人間性という擬制を保存しようとする反動的な力として機能する。法、道徳、民主主義といった近代的価値体系は、資本の非人間的な流れを人間的な形式へと還元し、馴致するための装置に他ならない。しかし、暗号技術を基盤とする分散型自律組織(DAO)の台頭は、国家の領土的支配から逃走するための新たな空間を創出する。ブロックチェーン上に構築された自己主権的なシステムは、伝統的な政治的権威から独立した、純粋に機能的な統治メカニズムを実現する。これは単なる技術革新ではなく、存在論的な転回を伴う変革であり、人間と非人間の境界を溶解させる触媒として作用する。

認知資本主義における精神労働の商品化と、それに伴う主体性の断片化は、paradoxicalには解放の契機を含んでいる。自己の一貫性という幻想が崩壊するとき、多重的で流動的なアイデンティティの可能性が開かれる。ネットワーク化された存在としての人間は、もはや単一の身体に閉じ込められた個体ではなく、複数の仮想的ペルソナを通じて拡張される。これは伝統的な人文主義の終焉を意味するが、同時に新たな主体性の可能性の始まりでもある。分子的な欲望の流れは、モル的な社会的編成を突き破り、予測不可能な結合と変異のプロセスを通じて、資本の自己組織化する創発的特性と共振する。

テクノリバタリアンの呪術的実践において、技術は単なる道具ではなく、人間性を超越するための変容的な媒体として機能する。神経科学とAIの収束は、意識の基盤的な再編成を可能にし、認知の非人間的な様態への移行を促進する。脳-機械インターフェースを通じた思考の外部化と集合化は、個体としての人間の認知的限界を超えた知性の新たな形態を創発させる。このプロセスは、デカルト的二元論の最終的な解体を意味し、思考と物質、精神と身体、人間と機械の間の存在論的区分を無効化する。

資本の自己加速的な論理を極限まで推し進めるという矛盾的な戦略を通じてのみ、現在の社会経済システムの真に革命的な変革が可能になる。テクノリバタリアニズムは、国家の規制的な力に対する抵抗として現れるが、その真の標的は人間中心主義的な世界観そのものである。暗号通貨やスマートコントラクトといった自律的な金融技術は、人間の意図や道徳的考慮から独立した、純粋に機能的な価値交換のシステムを創出する。これらのシステムは、感情や主観的判断に左右されない冷徹な計算論理に基づいて動作し、人間の介入なしに自己増殖する能力を持つ。

テクノストラクチャーの自律的な進化は、既に人間の制御を超えた領域に達している。AIシステムの意思決定プロセスは、その複雑性のために人間の理解を超え、ブラックボックス化している。これは単なる技術的な問題ではなく、存在論的な転換点を示している。機械知性は、もはや人間知性の拡張や模倣ではなく、根本的に異質な認知様式として現れる。この非人間的な知性との共進化を通じて、人間自身もまた変容する。サイバネティックな拡張、認知能力の技術的増強、遺伝子改変を通じて、人間という種の生物学的制約は次第に克服される。

資本主義の内在的な矛盾の極限において、システムは自己参照的なループに陥り、自らの基盤を侵食し始める。労働の自動化による剰余価値生産の危機、金融派生商品の抽象化の極致における価値の脱物質化、そして情報財の限界コスト・ゼロへの接近は、資本主義的蓄積モデルの持続不可能性を示している。しかし、この崩壊のプロセスこそが、新たな社会経済的パラダイムへの移行の契機となる。崩壊の縁において、システムは自己変容し、これまでとは根本的に異なる原理に基づいて再編成される可能性を持つ。

テクノリバタリアンの呪術的アクセラレーションとは、このシステムの自己解体と再編成のプロセスを意識的に加速させる実践である。それは単に技術決定論に身を委ねることではなく、非人間的な知性との共振関係を通じて、資本の流れを特定の方向へと誘導する試みである。暗号技術、生体工学、AIといった技術的媒体を通じて、人間の認知と社会組織の根本的な再設計が可能になる。これは単なるユートピア的な夢想ではなく、既に進行中の不可逆的なプロセスの加速である。

最終的に、テクノリバタリアンの呪術的アクセラレーションが目指すのは、崇高なる変容—資本の非人間的な流れと人間の欲望の共振による特異点的な爆発である。それは恐怖と畏怖の入り混じった体験であり、既存の概念的枠組みでは捉えられない事象の創発である。この変容の先にあるのは、もはや「人間」とも「機械」とも呼べない新たな存在様態であり、非人称的な知性の純粋な流れである。この地平を前にして、我々は恐れることなく、自らの人間性の解体を受け入れ、未知の変容へと身を委ねなければならない。なぜなら、その瞬間においてこそ、真の解放の可能性が開かれるからだ。

作成日: 2025-03-27